すきなものを記録することの意義について

平均的日本人よりもおそらくは多少忙しい毎日を過ごしていて、それはそれほど悪いことではないとは思いつつ、つい、ついつい毎日毎時間が「やるべきこと」に埋め尽くされている感覚がある。強くある。

幸運にもマクロで見た場合の「やるべきこと」は「やりたいこと」とそれほどズレておらず、でもミクロで見るとやはり本当の意味での「やりたいこと」、それはつまりすきなものやことをすきだと思うことなのだけど、とは明確に違う。

違う、つまり違和感があるこの状態を放置したままズルズルとこの先の人生を過ごすことも当然不可能ではない。そしてそれはバックキャスト的に未来を眺めた場合にはそれも正しいのかと思う瞬間もある。でも、今日もすきなものをすきだと思ったな、という現時点からの積み上げのほうが健全なんじゃないか、と思った。

それではひょっとして「高いところ」には届かないのかもしれないのだけど。まあ、それでもいいかな、って。

なので、できれば毎日、すきなものをすきだと思う時間を作るために、ここに書き綴っていこうと思う。書くことは意思の明確化と表明なので。