#13 一次情報というかリアルというか

時間がない。インプットが足りない。絞らないといけない。そうなった時にじゃあ何をインプットするか、という話です。最近「映像研には手を出すな(みんな試し読みやがれ)」というマンガに衝撃を受けていて、でも、それに衝撃を受けている状態が正しいのかしら、みたいなくだらない思いが去来するわけです。「最近マンガあんまり読んでないしな、それで”衝撃”とか感じちゃってていいのかな」みたいな。インプットの不足はこういうネガティブな影響もあるのね、とちょっと愉快なのですが、それ以前に本当にヤバいのでマンガもたくさん読みたいと思います。一方で、強制インプットがされている「子育て」については自然と頭が働くようになっていて、こっち側からもインプット大事だ、となっています。あと最近、これもどうでもいい話なのですが、長年読んでいるはてブに本当に疲れ切ってしまい、それは悪いサービスだからというわけではなくて、「世の中にはいろんな人のいろんな考えがある」というものが可視化されていて、本当に「正しさ」みたいなものが見えなくなっていて、それは最近のセクハラのやつとか麻生さんのやつとかで顕著で、もう疲れ切ってしまった。とある事象に対してメタ的に処理するサービス、みたいなものがもうダメ(一般的にダメかどうかはさておきですよ)になった、それは例えば「キュレーションメディア」みたいなのもそうで、事の真偽を確かめもせず、っていうか事の真偽を確かめようがない情報的な場所っていうのはもう絶えられないな、と。そんな時間あるなら誰かと話していたほうが有意義だし、あ、あとFacebookみたいな「見られることを意識した情報」っていうのも相対的にはだいぶ価値が低い気がしますね。演出の度合いが高いので。インスタもね。そういうものとして割り切って使えばいいのだけど。デジタルデータはコピー・アンド・ペーストされてあっという間に増殖していくけれど、その「元」となるもの、あるいはデジタル化されないもの、そういう情報への接触時間を最大化せねばならぬな、と思っています。そういうの一次情報って言うっしょ。夏フェス楽しみっしょ。あともうちょっとで起きてくるこどもと遊ぶの楽しみっしょ。あ、それに関連して「ネタ」な会話もしてる時間ねーなー、と思ってます。「やりたいです!」は素直にそう捉えるので、「やりたいです!」って言っておきながらやらない、みたいな人とは話せなくなります。あしからず。