#36 普通の人 普通じゃない思い

今の会社に来て、曲がりなりにもたくさんのひとが見る広告、つまり「マス広告」を平気な顔をしてちょこちょこと作るようになった。課題はさまざまで、それ故解決策もさまざまなのだけど、ついつい「著名人(実在でも非実在でも)」に頼ることが多いな、と振り返ってみて思って、ちょっと落ち込んだりしてみる。

著名人に頼るのはいろんな意味で下策で、いや、著名人を使った上で素晴らしいものを作り上げる人も中にはいるのだけど、その人が著名人であることはこの国でしかわからず、著名人が著名人たることにポイントが置かれた企画はグローバルで考えるとほぼ無価値、というのが最大のネガティブポイント。著名人は悪くないですよ。むしろ素晴らしい。

で、普通の広告を平気な顔をして作ることができるようになった(いや、まだまだだけども)ので、今度は著名人じゃなく「普通の人の 普通じゃない思い」を重視して作ろうと思う。ということでようやく表題の件に移ります。

今の会社の今の部署に来てよかったな、と思うことのひとつに、正親さんの存在がある。2度くらいご一緒したことがあるが、とんでもない人である。キリンののどごし夢のドリームとか、今もやってるポカリのとか、そういうやつの人。あと、九州新幹線も。で、どの企画もそうなんだけど、場合によっては著名人が絡むことがあったとしても、それらのほとんどが普通の人にスポットがあたっている。当て方は、「みんなで」だったり「ある個人」だったりいろいろだけど、その共通点がほぼぶれてなくて、ほんとうに素晴らしいと思う。と同時に「こういうことがしたいんだな」と改めて思ったりする。

自分自身が何の変哲もない普通の人間だ、と思っていることも影響しているんだろうけど、自分自身のような(というと失礼かもしれないけど)何の取り柄もない、フツーに見える人の、パッと見るだけでは見過ごしてしまいそうなストーリーを紡いで、フツーに見えるからこそたくさんの人に共感してもらえる、そんな考えかたでこれからの仕事人生を過ごしてまいりたいと思います。まあ、「いわゆるクリエーティブ」をいつまでやるかわからないけども。

というわけで、とにもかくにも「ノンタレ縛り」から。


#29 信頼

だから、信頼できるラインを超えていない相手に対してはいつもよりちょっと力んでアイデアをぶつけに行きましょう、という話である。また、超えているであろう相手に対してはより「自分らしく」するといいことが多い。「個人的な意見なんですけど」的な、ね。


#9 清原果耶と、サヨナラCOLOR

で、こうなりました。たくさんの方に見ていただけますように。
http://www.dhw.ac.jp/jibun/

大学受験という、人生の岐路に立つあなたへ。
あなたは、自分を生きていますか?
あなたは、「みんな」を生きていないですか?

「みんな」は楽しいです。
それに、なにしろラクチンです。
みんながそうしているから、
わたしも。みんながそこにいくから、ぼくも。
みんなが。みんなが。だって、みんなが。

何かを自分で決めることは、とても大変なことです。
大学受験なんて、人生の一大イベントだから、なおさら。
自分でない誰かや、何かに、それを委ねてしまいたくなる、
そんな気持ち、痛いほどわかります。

でも。

みんなは、あなたの人生の責任を取ってくれません。
あなたの人生は、あなたにしか創れないのです。
あなたの頭と、あなたの身体で生きていくしかないのです。
だからこそ、きちんと考えて、決めてほしいと思うのです。
みんなで、ではなく自分で。

デジタルハリウッド大学は、ちょっと変わった大学です。
みんな、には選ばれない大学だとわかっています。
でも、だからこそ、デジタルハリウッド大学には、
みんなが、ではなく、自分で決めた先輩たちがたくさんいます。
何よりもその事実を、わたしたちは誇らしく思います。

さあ、

みんなを生きるな。自分を生きよう。


#7 出張

他の人よりちょっと遅れて「第二新卒」で入った会社では、というか、そこでしていた仕事ではそもそも出張どころか外出もそれほど多くなくて、そういう原体験があるからか、出張というものを他の人よりちょっと大げさに捉えているフシがある。世界にはたくさんの人がいて、もちろんわたしが出張していく先にもたくさんの人がいて、それでもわたしがそこにいく、つまりその価値がある、ということで、ほぼゼロに近いわたしにほんの少し自信を与えてくれるきっかけだったりします。呼ぶ側からしてみれば、価値があるもクソもなく、採用して育成して、みたいな手間がいっぺんに省けるからリーズナブルなのは分かってて、いや、でも、嬉しいわけです。ウィンウィン、です。


#5 Keynote

考えることと資料を作ることを行ったり来たりしながら毎日が過ぎていくわけですが、社会人人生の後半にpptから移行して以来、どれだけの時間をこのアプリケーションと向き合いながら過ごしただろう、と遠い目になってしまうほど日常になっているKeynote。いや、pptでも仕事はできるし、同じアガリにすることももちろんできるのですが、感覚としては3倍くらい早く、2倍くらい美しく作れる。世界のマジョリティはpptだから、いろいろと面倒も多いわけですが、それでも、「人生で一番使ったアプリケーション」に今のところなりそうな感じ。今も開いています。3つほど。