そんなわけで、2016年に意識して過ごすこと

1. 「目先の利益」のプライオリティをグッと下げること。結果はすぐに出ない。換言すれば、すぐに出る結果はどうでもいい。もうそういうことを言っている年齢じゃないんじゃないか、とも思うけど、そういうことを言っていかなきゃいけない年齢なんじゃないか、とも思う中年。これは文字通りすぐに何かに現れないと思うのだけど、人生において超大事なことだ、と。

2. ルーティーンを大切にすること。まあ、精神安定剤みたいなものだし、ないよりはあったほうが健全で、なんというか、罪悪感も抑制してくれそうだし。自信にもなるし。ヘンに「自由なわたし」とかそもそも得意でもないから、はめるところはきっちりはめて運用しよう改めて、って。あ、後半はちょっとできつつある感覚があった。ちっちゃなことなのだけども。

その2つくらい。全てのことに通底してるから「目標」みたいなのはないっす。あ、あと、負の感情に負けないこと。


年末に思うこと

生まれてから経過する時間が多くなればなるほど、基本的に経験する出来事の量は右肩上がりに増え続け、それに対して記憶可能領域(仮にそれに限りがないのだとすると引き出す、思い出す能力)には限界があるから、まあ、物忘れってしかたがないよな、って思う。しかたがないからといって放置するわけにもいかず、過去の自分が大切だと思っていたことは未来の自分にとっても大切だと思うことがままあるので、感情とか、感情じゃなくても事実とか、そういうものは断片レベルでもいいからやっぱり残しておかないといけないな、と思った。仮にこの世から自分がいなくなった時に変な見送られかたをしないためにも結構大事だわ。というわけで、来年はもうちょっとこまごまとしたことも含め、いろいろ書いていこうと思いました。書かないと全然うまくならないし、そう、昔書いた文章のほうがなんか迷いがなくて、こなれていて、こなれているからいいっていうわけじゃないんだけど、とにかく読みやすくて、まずはそこまで戻さないとな、と。意識低めな目標ですが、そういうことを意識して2016年を過ごそうかと思っています。


GINZA223号

昨日(つまり発売日翌日)買って、別冊の「真実のスタンダード100」だけ読了。正直な話、子ども産まれて以来あまり被服費にアロケーションがいってなくて、自然と興味関心のレベルが下がり、そして情報量が下がっていくんだけど、それだとヤバいだろ、と思っていまして、じゃあ、スタンダード、つまり長いこと使えるものだったら投資対象として、みたいな小賢しい考えのもとに。ナイキのソックスとか以外はそれでも高くて、ついにファッションに「減価償却的考え」を持ち込まないといけないのかもなあ、と、一般家庭の父親的考えを持つとともに、自らの老いを感じるのでした。バイトでもしねーと服買えねー!!


ASMR

エイエスエムアール? アスモア?

Autonomous Sensory Meridian Response (ASMR ) は、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、頭がゾワゾワするといった反応・感覚(正式な・あるいは一般的な日本語訳は今のところ存在しない)。ASMRを感じるきっかけや感じ方には個人差があるが、視聴することによってそのきっかけを作り出そうとするASMR動画は、海外の動画投稿サイトを中心に人気となっている。日本でも近年ではローカルな人気を博しているが、一般的ではないため「変態」的なフェチであるという認識が強い

こういうのね。

理屈よりも感覚に近いところで作らなきゃいけないことになって、こんな感じかなー、とメールを書いたら「それASMRっス」とADからメールを頂いた次第。これをうまく実利に、エフェクティブネスに、売りに繋げれば! そうか、催眠療法とかに近いのかしらね。気持ちよく買っていただきたいなあ。気持ちよく。


ブログを書くということ

07

書いたり書かなかったりでたぶんもう10年以上こんなことをやっているのだけど、ブログは蓄積するもので、Googleはクロールするもので、そして人々は検索するもので、つまりはうっかりたどり着いたり、たどり着かれたりするもので、その時に更新が止まっていたりすると「こいつはブログひとつ更新できない怠惰なやつなんだな、怠惰め」と思われるリスクがあるということを改めて痛感したので、いや、怠惰な人間なんですけどね、もうちょっとまじめに更新してみようかと思います。アダチめ。