なすべきこと

最近、ちょっと「実務家としての自分」でハマりすぎていて、もやもやしてて、でも、ちょっと抜け出し始めていて、それは主に「研究者としての自分」と「教員としての自分」につながっていることに気づいた。仮に自分が「知的生産」を行う研究者だとして(とすると、っていうのも変だな。実際そうだから。ただ、ウエイトのかけ方の問題ね)、そのためにとるべき、とったらよさそうなアプローチがたくさん載っている本を読んだ。

天才でもなんでもない人間が研究者として生きる、研究を生業にする、と曲がりなりにも決めた以上は、先達の採っているアプローチを大いに参考にすべきで、それは実務家として行っている「企画」ということにも繋がると思うんだけど、とにかく情報の「収集」と「整理」。これに尽きる、と改めて思った。「全部集めろ」と書いてあって、何をもって「全部」といえるかは難しいけど、人間の営みについて、人間の営みの結果として行われるアウトプットを研究対象としている以上、「無限」ってことはないはずで、じゃあ、あとは気合でたくさん、それが「ひょっとしたら全部かも」と思えるくらいまで追い込んでいけばいいのね、と改めて。そしてそれは前のエントリにも書いたとおり、本来「趣味」であって「楽しくてしかたのないこと」だったわけで、喜び勇んでやるべきことだよね、と。楽しいことしてお金がもらえるなんて! What a wonderful day!!

あと少しで一生後悔するところでした

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もはや誰が見てるわけでもないこのブログだけど、シルバーウィーク前後でいろんなことを考えて、特に忘れちゃいけなさそうなことをここにメモっておこうと思い立ち、金曜21:38。思い返せば私は、高1のお割くらいから広告批評を毎月買うような広告オタクで、まあ、とにかく広告が好きで好きで仕方がなかった。その後、大学に行ってファッションに浮気して、デザイン、アート、建築、いろいろと好きなものは増えたけど、それでも毎月広告批評は買い続けていた。「本命」だった。それでも、不思議と(いや、不思議とじゃないんだけど、めんどくさいから不思議と)広告を仕事にしようとは当時は思わず、もしかしたら「趣味は趣味のままがいい、趣味を仕事にすると大変」みたいな風説をちょっと信じちゃったかもしれないんだけど、法律の道を志し、破れ、インターネットを選んだ。それでもやっぱり本命は本命で、ちょっとずつ、ちょっとずつ広告が仕事になっていった。で、ある時、広告批評が廃刊した。その頃には既に私は広告業界の端っこに位置していて、広告は毎月の楽しみというより、生業になっていた。ブレーンを読む、コマフォトを読む、そういう習慣は続いていたけれど、それは自分自身の広告人としての価値を高めるためという、いわゆる「勉強」であり「仕事」になっていた。で、今に至る。今いる場所は「単なる広告好き」だとやっていけなくて、大学〜社会人2年目くらいまでに集中的に手に入れた、大雑把に言ってしまえば「センス」みたいなものが割と大きな意味を持っていて、結果として広告ど真ん中で勝負しない、いや、できない、するレベルにない状態で1年半くらいが過ぎた。辛い。なんか辛い。それ以前に面白くない。そうか、これが「趣味が仕事になる」ってことなんだ、と気づいた。悩ましい、ああ悩ましい。で、詳しくは省略するけど、幾つかのプロセスを経て、ようやく気づいた。広告は、趣味でいいんだ、ということに。昔みたいに楽しんでいいし、そうあるべきだ、と。CM見るの楽しい。ポスター見るの楽しい。インタラクティブも、もちろん楽しい。毎年のカンヌの受賞作を見ないと、チェックしておかないと、じゃない。「○○しないと」じゃなくて、したいから、する。そういう姿勢がとにかく大事だと。好きこそものの上手なれ、というじゃないか、好きなものは好き。だから、これからも好きでいようと思った。趣味がうっかり仕事、それでいいじゃないか。努力は夢中に勝てないから、今一度、夢中になろう。ただただ楽しもう。というわけで、ブックオフにダッシュして広告批評をいくつか買ってきた。108円。たったの108円で、私は明日も楽しんで生きていられる。この先、結果が出るか出ないかは、割とどうでもいい。好きなことを好きなようにして、あとは神のみぞ知る、である。もう少しこの状態が続いていたら、広告が嫌いになっていたかもしれない。それはきっと、後悔することになるだろうし、ここで気づいてよかった。なので、広告よ、これからもよろしく。

とても悲しい決断と決意と

“Fail Harder”を(今すぐは)しないという決断をした。悲しい。とても悲しい。悲しいから、その悲しさをアレにアレするために、やることを絞る。1.過去の広告の類型化、2.英語、3.アートとカルチャー。それ以外の時間はすべて遊んでいると設定。がんばろう。ここでやれなかったらクズだし、行ってもきっとダメだった、と。そして、数年後、必ず”Fail Harder”するために。

木村伊兵衛写真賞

なんか、ほんとは、今の仕事になってからのほうがもっといろんなことを見て、知って、感じて、みたいなサイクルを回さなきゃいけないんだけど、こうして久々に展覧会に行ってみると、いやー、改めて学生時代とか社会人歴が浅い時代のほうが見てたなー、と落ち込むわけです。でも、落ち込んでいるばかりではいけないので、がんばってインプットして、ちゃんと消化して、血肉にしないといけないなあ、と改めて思っているわけです。

#木村伊兵衛 展にきたよ。 #hannahhonda は半分寝てた。

Tadafusa HONDA / 本多忠房さん(@tdfshnd_)が投稿した写真 –

当時は「木村伊兵衛写真賞」って言う存在と、何人かの受賞者の名前を知っていれば訳知り顔ができたわけだけど、今はもはや「なんでいいの?」「なにがいいの?」「いつおねがいすればいいの?」という状況になっているわけで、そういう視点で作品を見るというのは、ドキドキする一方で、純粋に楽しめなくなったなあ、なんてちょっと寂しいことも思いつつ、でも、とにかくたくさんむしゃむしゃして消化することに決めたので、これからも見続けます。

Rain Room / rAndom International

Rain Room at the Barbican, 2012 from rAndom International on Vimeo.

すごい。どっかに常設されているのであれば2015年中に見ておきたいくらいすごい。で、作品とは関係ないけど、アートに関する知識は大学3年から社会人3年目くらいまでがピークだったなあ、と当時を思い返して軽く落ち込む。好きなもの、好きだと感じたものに対する集中力が落ちていて、それはおそらく、身の回りに楽しいと感じることが増えたからなんだけど、それでもそろそろ「みんなとなかよく」してる場合じゃないし、人生をかけて取り組むものにちゃんとコミットしないといけないですね、みたいなことです。