#46 人間としての健全さ

リモートで打ち合わせとかプレゼンとかを3つこなしたあとに、1730から東銀座でミーティングをするために自転車で移動した。暑い。暑さというのは移動している瞬間には少し割り引いて感じられていて、ビルの下に到着し、5階へのエレベータを待っている瞬間、運動エネルギーこそゼロに近いその瞬間が一番「あっちーなー」と感じる。さておき、Uniqlo UのTシャツ(この夏10枚くらい買った)にじっとりと染み付く自らの汗を感じ、ふと「ああ、こういうのは結構必要だよな」と思った。別に10Kmジョギングして汗だくになる必要はないんだけど、エアコンの効いた室内でひたすらに企画して、会議して、みたいな感じに一日を終えると、ふと、私はなぜここで生を営んでいるのだ? という感覚に襲われる。けど、汗をかき、移動し、人と会い、話し、刺激を受け、与え、どら焼きをもらい、笑い、喜び、みたいなことは、やはり、どうかんがえてもやはり、人間として健全に生きる上で必要不可欠である。もしかしたらこのウイルスがもっとひどい感じになって、今書いたようなことが「到底日常には帰ってこない超贅沢品」みたいになる可能性はある。そうなったら家族以外の人類とはディスプレイ越しに会うことになって、そんなの全然面白くないじゃん、ね。いや、でも人間は変化して適応する生物だから、それも当たり前になっていくのかな〜。やだな〜。なんかそれは嫌な気がするな〜。老害? さもありなん。