#47 これから新たにできるようになること

こういう仕事をしていると、仕事の大半は「お願いすること」になる。適切にお願いするためにはお願いする相手に対する敬意、それに基づく知識や理解が必要で、新たに「お願いします」するたびに多かれ少なかれ勉強している(いつも同じチームでやるのはそういう意味であまり良くないのでは、と思う。良い面がたくさんあるのは認識しつつ)。

ただ、社会人20年くらいやってるけど、未だにお願いが苦手すぎる。20年で変わらないということは多分これからも変わらないであろう。で、そのたびに「お願いするために勉強するなら、お願いしなくて済むように勉強したほうがいいのでは?」と思うことになる。というわけで、これから先、苦手なお願いをしなくて済むために何を学ぶべきなのかを少し考えてみる。

動画撮影と編集

なんか、撮影はそれなりに大丈夫な気がしているものの、編集に対する経験がなさすぎてヤバい。誰かに頼んだときにアウトプットされるものと、自分がつくったときのそれの差がハチャメチャでかい。つまり勉強のし甲斐がある。

写真撮影と現像

シャッターを切る事自体はもはや誰にでもできるのだけど、良い写真をつくる原理が理解できていないから理解しないといけない(計算して良い写真がつくれないと仕事にならない)。動画もそうだけど理屈の学習とツールの習熟度を上げるっていう2つの方向性がある。どっちも大変。

英語と英会話

どっちも10年あればなんとかなるかな、という肌感。特に英語でコピー(キャッチもボディも)を書いてみたいと思っているのだけど、10年で足りるかな〜。10年毎日勉強すればそれなりに書けるようになるのかな。そのとき52か。需要あるかな。いや、需要はつくればいっか。

デザイン

領域が超狭いけど、狭い中だったらできる。けど、自分ができる領域の外にメチャメチャな荒野が広がってしまってるやつ。これも理屈とツールの習熟度を上げるっていう両輪で開発していくことになる。

こんなとこかしら。(英語以外の)特徴として、いずれもインプットは大量に行われていて、あとは理論とツールの習熟度を詰めていけばいいということがこのブログを書くことによって明らかになった。やることが明確化されたのであとはスケジュールに落とし込んで、ちょっとずつ学んでいこうと思う。自分ができることだけで毎日を埋めていってしまうと、それは貯金を少しずつ切り崩しているに過ぎないことになるので、少しでも投資に回せる時間を作れるように「できること」は集中してアジリティをあげていかなくては、と改めて。

勉強(を始める)の秋に!