#162 11日目に

そう、シャワーに成功した。2日前くらいから頭が痒くて正直頭がおかしくなりそうだったので、とても良かった。ところで、水の要らないシャンプーっていうのがありますが、ちょっと気になってたんだけど今回も結局試せずに終わった。水の要らないシャンプーって何? どういう作用?

で、わたしの身体(精神も、か)は仕事に極度に最適化されていて、それはつまり休みの終わる明日にはわたしの身体(精神も、か)は回復することになるのだと思う。で、何日かすると忙しさにかまけてこのしんどかった11日間のことなんてすっかり忘れて、最初のうちは気を使って丁寧にやるストレッチも、まあ、1週間くらいですっかり忘れたりする。でも今回はさすがにそういう感じではダメだろうということで、決意表明的なテキストを残すことに。

すごく簡単なことで、そしてすごく切ないことなんだけど、生きている中で「わたしでないとダメ」というシーンというのは、実はとてもとても少ない。例えば自分がやっている仕事のうち、ほんとうの意味で「わたしでないとダメ」なものなんてひとつもない。ある条件下において、「悪くない」あるいは「結構いい」くらいな評価をもらっているからやっているに過ぎないので、いや、それでも信じて託していただいているみなさんのために全力を注ぐことに変わりはないんだけど。「わたしでないとダメ」じゃないよな、って。

じゃあ「わたしでないとダメ」なシーンというのはどこにあるのか。大きく2つで、「家族の一員」と「自分自身」。HannahとRayの生物学的な父は私しかいないので、それは「わたしでないとダメ」であろうし(生物学的な父じゃないと父適格がないとは言っていないですよ)、わたしをいかに健やかにマネジメントするかは他人に委ねられないので当然ながら「わたしでないとダメ」であろう。極論、この2つ以外は「わたしじゃなくてもきっと大丈夫」なわけで、プライオリティを多少下げるべし、というのが論理的結論であることに疑いはなかろうと。

というわけで、プライオリティがクリアになったのであとは行動に反映させる必要があって、でももちろんクオリティを下げるわけには行かないからいろいろな工夫が要求されるわけですが、それもすべて「わたしでないとダメ」に向かっていくよう、生き方のベクトルをしっかりと定めておこう、みたいな話でありました。