高2夏まで「進学? 就職? どっちかな」みたいな感じだった高校生本多がいろいろあってスイッチが入り受験マシーンと化していた高3秋。放課後に教室で(多分)桐原の英頻を解いていたら佐相くんがやってきた。幼稚園から高校まで同じ学校に通い、小学校時代にはバッテリーも組んでいた彼の口から「受験やめるわ、指定校で早稲田に決まった」との報告があり、わたしはそれに大いに喜び、何故かちょっと泣いてしまった。もちろん佐相くんにわたしを泣かせる意図はなかった(別になんの意図もない普通の報告だ)のに、高3男子が高3男子の目の前で泣く。異常な光景である。
で、その瞬間に気づいたわけじゃないんだけど、後日もう少し大人になったころにこの出来事を振り返って「ひょっとして、わたしは自分の幸福より他人の幸福のほうがだいぶうれしいのでは? 多分そうだな」ということに気づいた。ゴリゴリのクライアントワーク人間になっているのはこのあたりの性質に原因があると思っている。
土曜の早朝から長々と書いてきたけど、昨日、「人の合格」があった(不合格もあった)。とても、とてもとてもうれしい。佐相くんの合格とはまた違った種類のうれしさがあって、ありがたいことだなあと思う。思う存分その性能を証明してきてほしいです。たのしめJ。
