Day17 少し痩せた

それでもまだ太ってるけどね、な写真。

いつ頃からか、ダイエットとか気にせず好きなものを好きなタイミングで食べるようにしていて、ほんとはジョギングしたいんだけど運動という運動もしておらず、それでも太らない、むしろちょっと痩せてきているのはやっぱり生活週間というか生活のリズムというか、そういうのが大きいんだろう。

17時少し前からキッズと風呂に入り、18時少し前にはごはんを食べていて、20時までにキッズが寝て、自分も21時くらいに寝てしまう。その後夜中に起きることが良いのか悪いのか、そこはまだ検証しきれていないけれど、兎にも角にも夜ご飯の時間が大幅に変わっただけで体重減少にポジティブな影響が出てるっぽい。

甘いものとか、油っぽいものとか、未だに好きだからガクッとは体重減らないけど、このままのペースで続けていこうと思う。あとはジョギングできればペースアップしそうなんだけど、コロナがな〜 どうなんだろコロナとジョギング。夜中なら大丈夫かな〜、なんて思う3:22でした。


Day16 – 責任を痛感している

自分を含むチームでつくったものが世に出るときはそれなりに緊張するし、というか結構気が重いし、思っていたとおりに受け取られない(質的に、量的に)と、今まで長いこと何やってたんだろう、と、ズシーンと落ち込んだりもする。落ち込む率のほうが遥かに高いのはわたしの期待値コントロールがまずいのか、能力の欠如なのか、その両方なのか、わからないけど、昨日は久々にそういう日だった。結果はどうなんだろ。すぐにはわからないよね。ある指標では何年目かでいちばん良かったように思う、けど。

よく前首相が「責任を痛感している」と言ってたけど、前首相は胃が痛くなったり眠れなかったり100回も1000回もTwitterで特定のワードで調べてヤキモキしたりするのかな。責任を取らずに責任を痛感しているっていうのはそういうことだと思うのだけど、多分していないんじゃないかな。少なくともそうしているようには見えないし「それはあたらない」とか「差し控える」とか、いや、わたしがクライアントに「それはあたらないです」とか「お答えは差し控えます」とか言ったら笑われるけど…

ここから先ももうちょっと続くので、責任を痛感して、責任を果たしていきたいと思います。


Day15 – 起きること

写真は昨晩食べたアイス。2020年から突然アイスが大好きになってしまった。

夜遅くまで仕事をするのがそんなに得意でなくて、結果こういう時間(今4時17分)に仕事をしているのだけど、最近寒いことと、ベッドが快適なことから起きづらくなっていた。昔は3時に目が覚めたとして、すぐに歯を磨いてコーヒーを入れればなんとなくスタートラインに立てていた感じがしたのに、ここのところベッドでインターネットしたりしてる。よくない。というわけで、アイス。

昨晩のうちに「朝起きたら食べるアイス」を冷凍庫にストックしておいたら、朝起きて最初に思い出したのが「アイス…」だった。我ながらアホみたいな話だけど、アイスひとつで自分の気力をコントロールできるなら安いもので、ちょっと続けてみようかな、と思った。そして、自分で買って入れておくと驚きもないから、Naomiさんに買ってきてもらって楽しみに起きる、みたいなのもいい気がする。提案してみよう。

日常っていうのはフツーなものが7割くらい、キツイものと楽しいものが1.5割ずつくらいだと思ってて、そのフツーなものをいかにご機嫌に乗り切れるかが人生のポイントで、そこにこういう行動経済学的ご褒美トリガーを仕込むことでその7割がちょっとずつ楽しくなっていく、そのことが楽しい。


Day14 – 結構、夜いる人、にしてみるテスト

写真はHannahの風呂。初期。

1645くらいから風呂に入って、1715くらいに出て、1800少し前に晩ごはん食べて、なんやかんやで7時ちょいすぎまで。つまり、1日に2時間半を家族に割くことができれば「Dadaは夜いるんだな」という認知を獲得することが可能である。ちょっと難しいのは、今までのわたしの仕事の感覚からすると、17時19時というのはあたりまえに打ち合わせがセットされる、なんならセット率が最も高い時間帯だったりして、この認識(どちらかというとわたしとミーティングをする人の、だけど)を変えていかないと、これは計画倒れになるので、どうしようかしら、という話。あとこれは夜に誰かとご飯食べに行くことを想定していなかったりして、地味に毎日の生活を大きく変える決断になるし。

ただ、やるよ〜! ということです。


Day13 – 共働きの凄さ

結論、家族以外の仕事をするひと(主に収入を得る人)と、家族の仕事をするひとは豪快に分けたほうがいいんじゃないか、と痛感する毎日。そういう意味では共働きをしている夫婦はすごいと思うし、逆説的に「昭和っぽい役割分担」っていうのもある種の合理性があるんじゃないかと思ったり思わなかったり。その心は。

わたしは主に「家族以外担当」なんだけど、最近のいろいろで「家族側もやる人」になった。元来家事が好きだし、あと、家族以外のほうで答えのない状況からなんとか答えを探すっていう、わたしにとってはものすごいタフな仕事をしてしまっている環境にあるせいか、家族側をめちゃやってしまう。楽しいからで、家族側のタスクっていうのは一見家族以外側に比べて楽な印象があるけど、そんなことは全く無くて、具体的には「やればやっただけ成果が見えてしまう」だけに「すぐにやりたくなってしまう」という罠が待っている。

気をつけないとすぐに「あ、風呂の防カビ対策したいな」とか「食器の整理について考えたいな」とかなる。思い返してみると実家で母親は常に忙しそうに働き歩いていて、「もう少し落ち着いたらいかがか?」みたいなことをよく思ってたけど、今ならその気持ちが超わかる。あ〜! 家事したい〜!