「来世のフィアンセ」だったはずがいつの間にかにキープみたいな扱いになっているのは誠に遺憾なのですが。
大学と大学院の教員として、日々多くの才能に触れている。触れさせていただいている。幸せなことだ。20年と少し前、なにも考えていなかったし大したスキルもなかった、そして当然稼げているわけもなかった大学生本多に比べるとその才能の輝きは本当に眩しい。みんなすごいね。すごすぎて、法学部から最終的にクリエイティブな仕事に「漂流の結果なんとか到達」した者として、鋭い感性と有り余る時間(社会人と比べたときに、相対的にね)を持ってクリエイティブに向き合えるなんて、なんて恵まれてるんだ、うらやましい! みたいなことも思う。わたしもこんな環境で学べていたら、みたいに、無駄なifを考えたりする。いや、今も学べと。
わたしは「クリエイティブ全般」がわかるわけではなくて、広告とかコミュニケーションとかマーケティングとかクリエイティブとか戦略の人なので、例えば「この人は3DCGですんごい人になるポテンシャルがある」みたいなことはあまりわからないんだけど、逆に「広告クリエイティブ周辺をやったら確実にわたしよりも高いあるいは遠いところまで行ける人だ」というのはわかる。わかると断見していいのかわからないけど、少なくとも、わかる感覚がある。ちゃんと考えられる、アイデアが強い、人の意見を聞ける、それでも人の意見を鵜呑みにしない、グラフィックがうまい、コピーがうまい、などなど、もう、出ちゃってる。意識してても、していなくても。
問題はそういう感覚を得たときに、わたしはどうすべきなのか。そもそも直接的に話しかけるのは得意じゃないし、すぐ「ハラ」になるので本当に慎重にしないといけないし、ハラだろうがなんだろうがキモがられる可能性を常に考えている。なので、講義を進める中で毎年「この中にはわたしよりも広告クリエイティブがうまい人が何人かいるので、心当たりがあって、勉強してもいいぞという人は連絡ください」とお伝えしているのはそういうことで、できれば「そっちから来てくれないかな…」と思っている。そういう態度でいたらうっかり来てくれたのが JR⛰️ だったりして、ありがたい話だ(ただ、当時は「来てくれないかな…」とすら思っていなくて、それでも講義後の教卓に来てくれた JR⛰️ にはとても感謝している。いつもありがとうございます)。
そういう、いわば「積極的待ち」の姿勢で日々過ごしているんだけど、それでもなんか、例えばゼミ生から「先生がイケてるって言ってたあの人、進路に悩んでるらしいですよ、話聞いてあげてくださいよ」みたいな情報がインプットされると「え、わたしからなんか話しかけた方がいいんでしょうか」みたいなことになる。でも、上記「キモがられるかもの恐怖」によって個別にアプローチすることはほとんどない。というか、ない。それでも、ついうっかり「あの、差し出がましいようですが、広告、あるいは広告じゃなくてもテキストを仕事にするのどうですか…」と言ってしまったことがある。その相手がちゃんいけこと、上に貼ったnoteの主、内池先生である(わたしは彼女のことを作家だと考えているので「先生」)。
深みのない表現で言えば「モノが違う」ことがすぐに分かりまして、当時。講義の後に単位取得という極めて現実的な目的のために書かれるフィードバックシートのテキストはWebから.csvで吐き出されて無機質な文字情報としてダウンロードされるのだけど、「ごきげんよう」からはじまるそのセルだけが異彩を放っていた。そこから「初対面」までの経緯は正直よく覚えていないのだけど、
ひょえ〜と思ってそのまま通り過ぎようとしたら、「よお」と声をかけられたのを覚えている。それから軽く二言三言くらい話しかけられて、キョドりながら何か話したはず。
来世のフィアンセに自己肯定感爆上げされてる
これは全然違って、「あの、内池さん、ですよね…?」くらいのものだ。わたしは絶対に「よお」なんて声をかけない。とにかく緊張し、瞬間的に超発汗したことを覚えており、その後なにを話したり、話さなかったりしたのかもよく覚えていない。ただ、その日以来今に至るまで、仕事をいっしょにしたり(たくさん迷惑をかけた)、ラーメンをいっしょに食べたり(この2月にも食べる予定がある)して、わたしにとってはかけがえのない友だちになっている。
そんな内池先生に、わたしは大変感謝しているし、一生感謝し続けることになると思う。それは、その能力を早々に「結果」に変えてくれたから。
それがわたしに少しの自信をもたらしてくれたから。
18〜22歳の、可能性に満ち溢れた、でも、そろそろ「方向を決めないといけない」若者にディレクションを出すのは緊張する。進路どうする? みたいなデカい話から、その企画もうちょっとこうしたほうが、みたいなそれほど大きくない話まで、どんな一言がどんな影響を及ぼすかがわからないだけに緊張する。わたしは(いくら自信がないとは言え)教員であり業界の先輩なのだ。社会人になったかつての学生たちに「あの時の一言は重かったッスよ」みたいなことを言われるとなおさらで、もし間違ったら一大事だからなるべく当たり障りのないことを言っちゃおうかな、みたいなことを小心者である本来の本多は思ったりもする。
でも、それはさすがにダサすぎるから、その分たくさん考えて、ギリギリまで一緒に悩んで、なるべく意味のあることを言おうと努力する。どこまでいってもわたしは若者の選択の責任は取れない。部分的に取ろうとして採用したり発注したり投資したりはする。でもそれはあくまで「部分的」だし、わたしの状況やそもそもの器、若者側の状況を考えると「部分的」であっても取れないと判断することもある。それでも、結果としてわたしと関与した若者がかつて思っていたよりもよい未来に歩を進められている感覚があるとすれば、それは最高だと思う。つまり、内池先生は最高であり、わたしもちょっとだけ最高かもしれない、ということにしている。
ということで、本多に相談的なことをしてなんらかコメントを得ている若者のみなさま、内池先生に感謝するとともに、「もっと読みたいです」と伝えてください。どうぞよろしくお願いいたします。
