RHYTHM*
「無名の頃」と無名な私。
この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2010/09/27/「無名の頃」と無名な私。/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。
最後の数ページ残して少しのんびりしてたけど読了。そもそもインタビューものは好きなんだけど、とても良い本。事ある毎に読み返したい。
パイインターナショナル
売り上げランキング: 147690
一線で活躍するアートディレクターとクリエイティブディレクターに、 駆け出しの頃について振り返ってもらいました。まだ世に名を知られていなかった頃、一体何を経験し、何を考えていたのか。ロングインタビューとともに、世に名が出るきっかけとなった作品や昔手がけた作品などを紹介し、今に至るまでの考えをひもときます。
ぼくは元々クリエイティブに、正確に言えば広告表現に強い興味関心を持ってこの業界に足を踏み入れた。一行のコピー、一枚の広告写真、15秒のCM、ちいさなバナー。厳然たる制限が存在する中で行われる表現の競演は、「自由演技」たるアートの何倍も魅力的だった。いろんな制限があるけど、それによって目的がセットされ勝ち負け(コンペとかじゃなくてビジネス上の成否、って意味ね)が存在し、そしてなによりもフェアであることが担保されている、なんて面白い世界だ、と思ってドキドキしながら毎月欠かさず広告批評を捲っていた。まあ、自分が実際に「ギョーカイ人」になってみると、自分が思っていた何倍も「制限」があってビビったけど。
で、クリエイティブに対する思いは今も全く変わっていなくて、それどころか昔よりも強くなっている。例えばオーディエンスデータ集めて売買して広告と消費者とのマッチング精度を上げる、つまりは「デリバリーの精緻さ」を求めることとか、スキームやら仕組みと呼ばれる、どこに、いつ、何を置いておくのかということを考えるような、いわゆる「プランニング」と呼ばれる仕事よりも、消費者に一番近いレイヤーで、どのように表現しどのように訴求し、結果としてターゲットの心をどのように動かすべきか、ということが、ここのところますます気になるようになってきている。理性的に考えれば理由はいろいろあるんだけど(平たく言うと「人がやるべきなのか」論)、とにかく気になって気になってしょうがない。これからどうなっていくんだろう、と。
で、時代が時代だけに考えたり悩んだりしても分からないことが多く、あとは業務として直接クリエイティブに関わっている割合が最近非常に低いので、まあ自分でやるしかないんだけど、「先達はあらまほしきことなり」ということで、偉大なる先人たちの言葉からヒントを探そうと思い読書。登場する13人は当然だけどそれぞれに違った人生を歩んでいて、最初からスポットライトを浴び続けてここまで来た、って言う人はいなかった。理想の自分とのギャップに苦しんだり、避け得ない時の流れに翻弄されてみたり、テーマがテーマだけにそういう人選なのかもしれないけど、一様に「艱難辛苦も乗り越えて」だ。
これは仕事にも言えるけど、成功したケースってあまり役に立たないんだよな。失敗だけだともっと役に立たないけれど、失敗からの成功、というのには尋常じゃなく価値がある。もちろん本書で語られている「有名人」の「無名の頃」は失敗でもなんでもないけれど、(振り返ってみれば良い経験だけど)思い通りにならない時間を、瞬間をいかにして過ごすのか、そして何に対してどう踏ん張ると「抜ける」可能性があるのか、いや、もうちょっと手前でも良くて、何かに対して踏ん張るとどうにかして「抜ける」可能性があるという事実を知るだけでも、今日からまた頑張ろうと思える。
最後に、いくつかピックアップ。
文平さん
「神様に捧げる」デザインをする人にとっては、たとえばそのデザインが田舎にいる自分の母親に理解されなくても全然構わないんですね。ある哲学にのっとりながら、その哲学を具体化することで、それが自分の神様への捧げものになるんです。だけど先輩は、田舎の母親にもわかるものを作る人だった。広告の世界だと「人に捧げる」ものづくりが普通なんです。
佐野さん
プレゼンのとき「僕の作品を見て、何かを感じてほしい」っていうひとが多いんですよ。自分の思いを表現したものを応募してるのに、「何かを感じてほしい」って上から目線でおかしくないですか? 伝えたいことがあるからやってるわけなんだから、感じてほしいことが「何か」という曖昧なのはだめなんです。閉じた狭い世界なら通用するかもしれないけど、広い世界では、それをちゃんと翻訳して伝えるようにしなくちゃいけない。
平林さん
ハガキでモチベーションが上げられない人にB1のポスターをやらせたって絶対いいものはできないんです。どんなに厳しく思える仕事でも、その中で自分の目的やモチベーションを見つけて、少なくとも自分の中ではベスト、と思えるものをつくっていかないと、ここまでやれたらいい、という境界がどんどん低くなる。その方が楽だから。
祖父江さん
そのときの流行りやターゲットの傾向をリサーチしてデザインするのって、よくないですよ。自分がわくわくの外にいるままつくると、「聞いたところ、君たちはきっとこういうのが好きだろうから、そんなデザインにしてみました」って感じの、なんだか読者を見下してるような商品になってしまうんです。やるからには、ちゃんと「わくわく」の中でデザインしなきゃね。
などなど。ゆっくり読んだから中盤の内容忘れてるな。そのうち読み直そう。
で、30歳で而立できなかったな、と思ってるから、40歳では確実に不惑と言えるよう、そろそろ走る方向をちゃんと決めておこうと思う。
人生は、思ったよりも、時間がない。
