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RHYTHM*

東京企画構想学舍 企画10人セミナー 第4回 後藤繁雄氏 #kikaku10

この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2010/10/31/東京企画構想学舍-企画10人セミナー-第4回-後藤繁雄/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。

10回のうち既に4回が終了。出席率が5割で気がつけば1回1万円のセミナーに早変わり。ここからは全部出られるように頑張ろうと思う反面、1万円出しても惜しくなかった第4回。内容を再掲。

企画は「人」から生まれる。企画を生み出すのは、会社でもなければ、クリエイティブチームでもなく、ましてやコンピュータでもありません。企画はいつも「人」から生まれます。どんな企画も、知識や知恵、経験、感性、想いなども含めた「その人自身」から滴り落ちる、いわばその人ならではの”子ども”のような存在。それだけに企画者には、「どんな考え方をもっているのか」「どんな感性でいるのか」「どんな日々を送っているのか」、すなわち「どんな自分でいるのか」がつねに問われるといっても過言ではありません。この企画10人セミナーではそれを、すでに数々のすぐれた実績を残している企画人たちに問いかけます。講師は小山薫堂氏のほか、クリエイティブディレクターの箭内道彦氏や編集者の後藤繁雄氏など、広告やデザイン、ビジネス、エンターテインメントといったさまざまなジャンルの第一線で活躍するプロフェッショナルたちが担当。「企画」をテーマに、単なるノウハウ談義にとどまることなく、ものの考え方や体験談、価値観、人生観にまで踏み込んだ講義をおこないます。全10回の連続座学講座です。

東京企画構想学舎:企画10人セミナー|+art 東北芸術工科大学 生涯学習事業プログラム
http://www.tuad.ac.jp/plusart/tokyo/com.html

前回と同様、自分用メモ。前回に輪をかけて参加していない方には分からない内容だらけな気がしますが、書き留めておきたいと思います。で、結論、箭内さんの時とは違った刺激に溢れた90分でした。自分の脳の使ってない部分にハリをたくさん打たれた感じ。さて。

*

時間通り登場。スーツにタートルネック。足元赤い靴下。「ユニフォーム」。
参加者は広告代理店かメディア関係者。「企画プロなのに自信ないのかなあ?」

35年間フリーランスで仕事をしてきた。その間「おいしい仕事」がやってきた事などほとんどない。ほぼすべてが自主プレの仕事。
宣伝会議みたいな講座に通って勉強したことも特にない。
不安? 不安じゃない。

スタートは他の人をリサーチする事。調べる事。インタビューのベース、前提。
世の中の人たちに「自分の考え」があること自体がそもそも不思議。それを言語化できると考えるプロセスも不思議。

20歳まで言語障害。電話したことはほとんどない。よって、書いて表現することにウエイトが。
そのかわり、表情や気配を読み取る事は得意。
他の人と違うことをするしかない、という意識。

上記障害のため、身体と言葉は連続していない、という感覚は強い。 言葉の学習は自然なものでは全くなく、意図的であり後天的。

言葉は平気で嘘をつく。
普通の人は嘘をついても身体が拒否反応を示したりしない。

「主体性」という言葉に対する違和感。
Identityはそもそも刷り込まれていくもので、「そもそも」はない。

谷崎と三島の文章読本をブラッシュアップした丸谷のそれ。
ただしうまく書けるようにはならない。
BRUTUSに書いていた頃、上手いと言われる。
それはBRUTUSの文体を再現したから。「モード」の理解。

編集は技術(テクニック)と企画力(アイデア) かけ算であり、組み合わせ。
例えば、横尾忠則とアフリカとか。簡単な事。
すき焼きの構成要素(ネギと肉とか)を知っているのと、すき焼きを作れる事は別のこと。

PC使わない、テレビも週刊誌も新聞も見ない。ケータイでニュースを見るくらい。本も仕事のために読むくらい。トレンドとか面白いことは人に聞くことにしている。

自分を客観視して「さあ、考えよう」と自分に声をかける。すべて他人事のように見えている。
企画は日常的にいろいろやっていないと出ないもの。
自転車の乗り方を理屈で知っていても乗れないように、身体化していないと何事もうまく行かない。

最適解は存在する。
文句言ってばかりの人は企画に向いていない。不利な状況を楽しめないと。
食べたものがまずくても「こんなひどいもの食えるなんてラッキー!」
虚無でポジティブ。
日本人、特に男性がやる「じゃあぼくも同じもので」はとても寒い。

日常的に面白がらなければ企画も面白くならない。人に聞きつつ面白いものをコレクションする。

方程式を解く。最適解を出す。構造的に考える(妹島和代について)
構造的に考えると、制約が存在する。

コンテンポラリーアートの価値付けと仕組み。
コンテンポラリーアートは問いである。問いという価値形態で世間に生まれる。
よって、分からなくて当然。答えはたくさんある。
一方デザインはソリューションである。

感じよう、味わおうとする「体つき」を作らないことには始まらない。

正統と異端。正統(岩波や電通)は70年代でいったん終わっている。あこがれはあったが、その人らしければ良い。
文体は「身体」だ。

インタビュー時、過去に記事化されているものを聞いたって仕方がない。それでは二流。正統じゃない。
書評を書くため、全集も全部読んだりする。効率悪い。
燃費の悪さは身体化にとって重要。

微細なものに対する感覚。人間の身体能力。
犬とインコと庭石は裏切らない。人間は嘘をつくから気持ち悪い。
中井久夫おすすめ。

微分回路と積分回路。
微分回路:細かい違いと、それを発見する能力が決定的な違いになる。
積分回路:インテグレーション。この場に流れる空気に言葉を付けることができたら……。

演繹的に作るのはボディコピー
視触覚的なもの。身体。時代の空気を感じる。

微細さを大切にすること、そしてその場でパッと言うこと。
連続と飛躍のコントロール。

精神科医の自殺率の高さ。
統合失調症によって子ども時代の記憶は蘇る。
発狂の先天因と後天因の割合はほぼ同じ。

「考えたこともない」ことを聞くことが大切。

事前と事後
事後は起きてしまったもの。緻密に調べても徒労に終わることも多い。
事前は預言者によって言語化される。時代の空気を呼んで最適解を導き言語化する。
過去の類例から企画は作らない。

坂本龍一に対する質問1000本ノック。

外側を使わないと内側の解に辿り着かない。
全く違うことを考える。創造的な誤解。負けるが勝ち、とか。

ここまで話してきた事は、ポストモダンの現代において通用しません!!

wikipediaと集合知
コンピュータは頭脳を外部化する
頭脳の都市化。
創造の回路が外部化されている。ビビる。

iPhoneの"2.0性"。洗濯機との対比において。宣伝不要。

William Kleinは「何かが起こりそうなところに行く」
預言と微細を感じる。

プラットフォーム的思考と企画2.0。
いろんなものを集めて上前を撥ねてお金集めてまた新しいものに投資する。
「事前」の為に必要なこと。

ART FAIR TOKYOについて
アートは自分自身で価値付けできる唯一の領域。お金を刷っているのと何ら変わりない。
資本主義における特異点。絶対的価値と相対的価値の相違。

William Kleinと森山大道とテートモダン。

開拓型・開発型編集の必要性。
WEB、フリーペーパー、イベントの3点セット。
ミッドタウン3階のインテリアフロアの作り方。プラットフォーム的思考。

試合をしたら勝たなくてもいいから引き分ける。負けないことが大切。

産業に対して価値がないものと、新しい産業のベースになるもの。
顧客は創造されるもの(ドラッカー)

デフレをベースに企画するとrenovationになりがちだが、必要なのはInnovation。 ヒートテックはinnovation。
反復と差異(Gilles Deleuze)
ポストモダンにあっては、びっくりするもの、決定的なものなどない。
微妙な差異で食ってる。

とんでもないことを言う訓練をする。

自分の現場で実験する。
ボランティアはまずい。価値を生み出さないと。

仲條さん「お前が壊して、そしてもってこい」(花椿の仕事)

杉本博司はアニミズムと神道をvisualizeしている。
レトリックとクオリティの両立。

形式的な差異は本質的な差異なのか?

*

前回にも増して何言うてるか分からない部分が多いのですが、それはまあ気にせず。前半は編集や企画出しに対する自説が展開されて興味深く、後半は突然「2.0」「プラットフォーム」と今っぽいワードやビジネスのストラクチャーについてなどなどと、ジェットコースターにでも乗っているような気分。良かった。

まとめれば、過去の資料を漁ってそれを再構成するようなやり方は全くもって意味がなく、日常を身体性を意識しながら生活し、微細なものを面白がる。そういう「体つき」になっていくことが大事。その過程における燃費の悪さは身体性獲得のために必要なもの、という感じ。日常。身体。微細。体つき。

頭だけで考えててもダメだ、感じる身体にならないとダメだ、と思いながら帰路につきました。もっと楽しもう。日常を。

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