RHYTHM*
東京企画構想学舍 企画10人セミナー 第5回 中村勇吾氏 #kikaku10 #gakusha
この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2010/11/05/東京企画構想学舍-企画10人セミナー-第5回-中村勇吾/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。
第5回目。初めて2回連続で出られた5回目は @yugop こと中村勇吾氏。出発直前、あり得ないタイミングで電話が鳴り響き、遅刻しての参加。遅刻が死ぬほど嫌いなのでタクシーの中で泣きたい、死にたいと泣き言を発して運転手に怪しまれながら明治記念館方面へ。いつもと違って2階なのね、と思いつつ恐縮しつつ入場。
で、どうやらまとめている人が増え始めたみたいなので、 #gakusha とか #kikaku10 とかを適宜参照してただけると良いかと。録音したのを文字起こししているわけではないので当然聞き間違えるし、特に参加者サイドとしては講師が喋ったことをそのまままとめても仕方なくて、その内容から、終了後の事物に対する解釈とアクションがどう変わったかの方が何億倍も大事なわけで、いろんな人がまとめることによってそういうのが共有できたら良いな、と思うわけです。
いつも通り、内容を念のため。
企画は「人」から生まれる。企画を生み出すのは、会社でもなければ、クリエイティブチームでもなく、ましてやコンピュータでもありません。企画はいつも「人」から生まれます。どんな企画も、知識や知恵、経験、感性、想いなども含めた「その人自身」から滴り落ちる、いわばその人ならではの”子ども”のような存在。それだけに企画者には、「どんな考え方をもっているのか」「どんな感性でいるのか」「どんな日々を送っているのか」、すなわち「どんな自分でいるのか」がつねに問われるといっても過言ではありません。この企画10人セミナーではそれを、すでに数々のすぐれた実績を残している企画人たちに問いかけます。講師は小山薫堂氏のほか、クリエイティブディレクターの箭内道彦氏や編集者の後藤繁雄氏など、広告やデザイン、ビジネス、エンターテインメントといったさまざまなジャンルの第一線で活躍するプロフェッショナルたちが担当。「企画」をテーマに、単なるノウハウ談義にとどまることなく、ものの考え方や体験談、価値観、人生観にまで踏み込んだ講義をおこないます。全10回の連続座学講座です。東京企画構想学舎:企画10人セミナー|+art 東北芸術工科大学 生涯学習事業プログラム
http://www.tuad.ac.jp/plusart/tokyo/com.html
上記の通り遅刻したので最初の10分は飛んでます。どうやら、
デザインとそれに含まれた意図の話。
1.モノをデザインするのではなく、「場」をデザインする。
あまねく作用する法則性を見つけるアプローチ。
ルールによる造形というアプローチのデザイン。 #gakusha
こういうことだったらしい。ありがとうTwitter、ありがとう @kUtsunomiya さま。それでは、今回もまとまりなくメモを。
*
開かれた造形
自己に留まらない、他者に開かれた造形手法。
WEBで作る意味
→多数の人が見る→人が関わることで変化する
e.g., FINGER TRACKS
マウスの動きをトラッキングして再現。
アクセス解析用だったが、シャドウや線の効果を付けて楽しく。
最終的には6人Ver.も。
サイトアクセスから一定の時間という時間軸を共有。疑似リアルタイム。
数学的、論理的ランダムではなく、デタラメでもない。その中間にあるモーショングラフィック。
e.g., ecotonoha
FINGER TRACKSと同じエンジンを一部利用
初回訪問ユーザーに対するガイドの役割を持たせる。
「使い方」を出すのは悔しい。
e.g., MORISAWA fontpark
プルプルしてる。不要な時は放り投げる。
ワンハンドインターフェースはリアルな力学判断。
フォントデータを多角形にコンバート。
発想の原点は「アニメーションの面白さ」
その制作過程をきちんと表現するため、シームレスなインターフェースに。
コード(規制)による造形。
ユーザーは基本的に何をしても良いが、フレームには従わせる。
マクドナルドのイスは何故カタい?
間接的なユーザーの方向付け
WEBにおいてはインターフェースのマナーから逃れられない。
e.g., 電子書籍はメガプレイヤーがDRMのルールを決めるとそれに従わざるを得ないし、Twitterも140文字という規制がある。
最小限のマナーを作ることで方向付けが為される。
プログラミング、エンジニアリングにおける規制が、それすなわちプランニング。
Composition of Logics
ロジックのコラージュ
マグリットの絵
関係ないもの同士をぶつけて、何かが生まれないか。文脈はバラバラだが、意味が生まれる。
カリフォルニアロール、たらこスパゲティの話。
スパゲティそのもの、たらこそのものではなく、組み合わせで意味を。
メディアアートとかコンピューターグラフィックの専門家は「たらこのスペシャリスト」
「組み合わせをします」というアプローチが当時は存在しなかった。
アルゴリズムの総和による創発性
単純な総和以上のものを作る
3つの黒い点がある、それが三角形に
e.g.,INDUSTRIOUS CLOCK
映像というアルゴリズム(スタートエンドで一直線に動くもの)と時計というアルゴリズムの関係性。
e.g., DROPCLOCK
よりシズル感を持たせた映像を、時計のルールに閉じ込める。
「オーラ」「奥行き」
e.g., amaztype
世界初、自律的にお金を生み出すタイポグラフィー
構成の妙。「これにこれかい」をアルゴリズムで生み出す。
「好きな映像があります」
この映像から、
e.g., Everything in it's right place
完全に物理法則に従いながら、10秒に1回奇跡が起こる仕組み
ルール的なコントラストの逆転
e.g., Sound Capture
一方向に流れる映像をボリュームに合わせて逆再生したり。
e.g., Wonderwall Screensaver
fontparkのエンジンを使ってる。
サイトのリミックス。
Wonderwall作品のデータベースがあり、それをサイトにするとアレで、スクリーンセーバーにするとこれ。
肩書きいろいろ。インターフェースデザイナー、WEBデザイナーなど。その場に応じて使い分け。ただし自分ではアニメーション作家だと考えている。
宮崎駿との違いはアニメーションが生まれる源。
アルゴリズムやユーザーの動き、計算から。
いわゆるアニメーションとは違う原理で動くものを志向。
アニマ。
「もうちょっとコマーシャルな話もしましょう。」
お題の中で、その世界観を最大限に表現する。
原理を考え、表現を流通させる。
概念に表現を与え、飛翔させる。
UNIQLOの話。
美意識のある合理性、超合理性。
ロンドンでは郷に入っては、でやや失敗。NYでは流儀に逆らって自分たちの本質を。
服は服装の部品。服のプロダクトメーカー
e.g., TEASER
CIガイドラインを守りながら自動的に増殖、配置。
e.g., EXPLORER
モザイクの商品データベースを無限閲覧
カタログとしても機能し、「あらゆる商品が揃う」という「らしさ」も表現
Individuality
UT as a platform ( not a fashion brand )
CMはFPM田中氏に大量に撮りためた素材をガサっと渡して「曲作ってください」
自分でカット割りしない。
CMが生まれるシステムだけ作る。結果として小さな奇跡がたくさん起きる。
方法論はオーソドックスだが、ケータイを「浅く扱う」ことを特色に。
MUJI
いかに冷静にやるか(売らんかな、ではなく)。デザイン活動の映像版。動くカタログ。
低温感、常温感。
映像は何かを物語らないといけない、という概念からできるだけ距離をとる。
"デザインと偶然性"
Designの語源、ラテン語の「Designare」
「いわゆるデザイン」、正しさの表現はやり尽くされている。
ちょっとしたエラーやバグを偶発性としていかに取り込むか
意図の外側にあるもの→できてしまったもの
できてしまった後のデザイン。できちゃった結婚
世の偶然性の海に投げ出すこと。
意図するだけでは捉えきれない。
引っかかりどころをいかに作るか。
企画、計画にいかに偶然性を盛り込むか。
buzzったり、shareされまくる状態というのは、優れた人でも3割くらいの成功率
大抵目論み通り行かない。
@masason が気に入る、とかそういうことでもないと。
運に頼っている。uncontrollable。なので確率を上げる。
ダントツに良いものは自然に広がるが、短期間のキャンペーンとかでは難しい
質は作業量に比例する
量は裏切らない。試行錯誤により偶然に「化ける」確率を上げる
血肉化。技術習得の目的は技術から解放されるため。
何も考えないために必要。
10年くらいやっていれば解放される気がする。
デザインの「外側」に行くために
グリッドをごにょごにょすると面白そう→なんかやってみて
→それを見て伸びる方向を見極める / 可能性を見立てる
メタレベルでの技術習得に意味はない。メタに徹するならそれはそれで良い。
見ることは作ること。
見ないと作れない。偶然性の集まりの中で、あるデザインにつながる
きっかけを見極める。
点を増やすことが下地の作業、線で繋げるのがデザイン。
視力を上げていくことと、視野を広げていくこと
コラボレーションとは、視線を合わせること
e.g,. タイポグラフィーの話
見えている人には見えている。同じ解像度で話せる。
見えていなかった解像度で見る
違う文脈で見る
ひとつのことで視力を上げてつかんだコアは他の分野でも応用可能
WEBにおいては、どういうモジュールを作るか、というコア。
あるものに対する深度がバラバラだとダメ。
奥底でつながるものが最適に表現される。
Wonderwallの「音」
デザイン要素として大切、必要。
ないと軟体動物みたいで気持ち悪い。
音があると「分節されてますよ」というコミュニケーションに。
音と映像のシンクロ感
ギターリフをジャストに弾くことはできるか、微妙に調整する
音が先で映像が後→音が映像を動かしている
映像が先で音が後→映像によって音が流れている
アートではなく、本質的な新しさではなく、より多くの人に新しいと感じてもらうことを志向。
元々共有されている当然の部分をいかに握るか。時計とか。
ギャルソンの店員の斬新すぎる格好
普通の人にプログラミングを語っても仕方がない。形而上。
「時計でさー」で伝わる。
*
こんな感じでおよそ2時間。おなかいっぱい。少し前に「言葉のデザイン2010」をUstで見てた時につぶやいた通り、
懐かしいなー。yugop.com死ぬほど見てたなー。もう10年以上前。 (#kotoba2010 live at http://ustre.am/ieUt )
もう10年以上勇吾さんの作品を見ていることになる。描き出される偶然性のアウトプットも、アルゴリズムによって構築されている以上は作者にとっては「意図された偶然」であり、あたかも偶然のように感じられるからこそ、人間の根源的な琴線を握れるんだろうな、と改めて恐れ入った。
yugop.comは今閉じられていて、その代わりに(ではないだろうけど)yugop.net/info/というディレクトリを見つけた。そこには、
YUGOP.COM IS INCUBATING IDEAS FOR
とあり、
ABSTRACT COMMUNICATION
REACTIVE STRUCTURE
COLLABORATIVE FORM
KINETIC SYSTEM
ARCHITECTURE FOR DIVERSITY
ACCIDENTAL BEAUTY
COMPOSITION OF LOGIC
という7つの概念が提示されていた。だいぶ昔のものなので、これが今でも根底に「意識的に」あるのかは分からないけれど、話を伺って、作品を感じた後にこれらのフレーズに目を移すと、さらにいろいろと想像が広がって楽しすぎる。
昨日の講義の中でも何度もあったけれど個人的にこの講義に期待しているのは、「んー、なんていうんだろうなー、むずかしいなあ、○○みたいなかんじかなー、ちがうなー」みたいな「表現活動の言語化表現」であり、それがいくつか見られたのが大収穫。クリエイターは評論家ではないし、さらさらと言語化する/できるわけないけれど、思考の中では何かと何かがつながっていて、それの一端を自分自身の思考とつなぎ合わせながら、少しでも面白いことを考え続けたいな、と改めて思う。
いやー、WEBっておもろいなあ。がんばろーっと。考えたことはここに書いた10倍くらいあるので、そのうち何とかしてアウトプットしよう。しないと意味ないしな。
ありがとうございました!

