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RHYTHM*

時は流れ、機微を愛す

この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2010/11/06/時は流れ、機微を愛す/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。

「万物は流転する」なんて言うまでもなく、ある時のある状態がそのまま保持され続けるなんていうことはなくて、昨日の自分と今日の自分、そして明日の自分が違うように、あらゆるものは微妙であれ大きくであれ変化を続ける。例えば食べ物。母親の作る卵焼きがたまに焦げるだけでなく、機械的に生産されるチェーン店のハンバーガーやコンビニのおにぎりだって、判で押したような見た目をしているけれどその味が全く同じだなんてことはない。相手も変わるし、何しろ自分が変わるのだ。年齢だって、体調だって、機嫌だって。

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大学時代、COMME des GARÇONSが狂おしく好きで(今も好きだけど狂おしくはない)、どこかの誰かから「ギャルソンのスタッフがよく食べにいくらしい」という噂を聞いて行ったのがもう10年以上前のこと。食べ盛りにもほどがある状態だった当時のぼくにはその味は上品すぎて、「じゃんがらでぼんしゃん食っときゃよかったな」と失礼な感想を胸に抱き店を後にしたんだけど、ふとしたきっかけで本日再訪。青山「だるまや」。

ワンタンメン。ただただ美味しかった。と同時に、かつての自分には分からない味だな、としみじみ感じた。変化しているのだ、自分自身が。

肉より魚だったりラーメンよりうどん、そばだったりみたいな胃袋的なおおざっぱな変化だけではなくて、例えば暖かさや暑さや寒さ、堅さや柔らかさ、優しさや厳しさ、そういう対極にある概念そのものではなく、それらの間にある微妙な差異に気づき、そしてその差異を愛せるようになっている。年を重ねるにつれその差異が作り出すグラデーションは細かくなっていて、概念同士が二極じゃなくなっていろんな感情が入り交じったりして面倒なことも多いけれど、そういうことが年を取るっていうことなのかしら、と思ったりする。

まあ、まだ32だし、先輩諸氏から見れば大雑把なんだけど、二十歳そこそこの頃に比べるといろいろ変わったな、とちょっと嬉しくなった。おっさん万歳だ。

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