RHYTHM*
コミュニケーションのプロトコルがエンターテインメントであるということ
この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2010/12/13/コミュニケーションのプロトコルがエンターテイ/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。
たいした話じゃないけど、たいした話のきっかけになりそうなので備忘用に。少し前に高校の卒業アルバムを見る機会があって、少し昔のことを思い出していた。イマドキの高校生はおそらく(調査によると)ケータイはみんな持っててプロフとリアルとたまにmixiで、Twitterはなぜ使うのか分からなくてぽいぽいぽいぽいぴーなわけだけど、およそ15年ほど前、ぼくが高校生だったときはポケベル全盛時代だった。時代というほどの時代性はなく、PHSの登場でその姿をあっさりと消すのだけど。
「あ」を押せば「あ」が出てくる今のデバイスと違って、当時のポケベルには特殊なプロトコルがあった(何のこと? という若者のみなさまはこちらへ)。対照表は当然のように暗記し、あらかじめ送信するメッセージをコードに変換。長い列が出来ている公衆電話の前に立ち、自分の順番が来たら後は0.1秒でも早くその作業を終えるために、指を高速移動させる。その姿はまるで世界新記録に挑むアスリートのようですらあった。
*2*2。
10円という限られた金額の中で長いメッセージを送信しきるためにはそれなりのスキルが要求されたし、YouTubeなんかなかったけど、街中でものすごいスピードでベルを打っている女子高生とか見ると、みんなで「おー、すげー!」ってなっていた。決して便利ではないし、今更そっちに戻りたいとも思わないけど、コミュニケーションの内容それ自体ではなく、コミュニケーションのプロトコルがエンターテインメントである、っていうのは一考の価値がありそうだな、と思う。もちろん提供者側はそれをエンターテインメントとして開発しているわけではないのだけれど。
SocialでOpenなコミュニケーションも結構だけど、ひと手間かけたまわりくどいコミュニケーションと相性がいい気がするのです。特にこの日本という国は。ギャル文字とかね。