RHYTHM*
フィクションの中のリアル(それもきわめてリアルな)
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待ちに待った第8巻、と。
これから読まれる方も多いと思うので内容についてはつべこべ言いませんが、8巻、ありふれた、そこここに転がっている感じだったと思います。安心して読める、という意味ではすばらしいことなのですが。で、そんなことはどうでも良くて、表題の件(って書くと業務メールみたいだな)。
例えばドラえもんの舞台は東京都練馬区らしいけど、作中で描かれる景色を現実のどこかに重ね合わせながら読み進める読者はまれだと思う一方、プンプンの町田や、魚喃キリコの下北沢、吉祥寺は圧倒的なリアリティを持ちながら作品との深い関与を読者に迫ってくる。当然これは関東圏に生まれ育ち、高校時代は週の半分くらいを町田で遊んで過ごし、大学時代には下北沢のパチンコ屋でバイトをしつつ、作品に描かれているようなことがその間ににあったりなかったりしたという個人的な事情も大いに関係があるんだけど。
明らかに同時代の、もっと言えば「今」の、あまりにもリアルな光景の中で、あまりにもリアルな登場人物が、飛んだり跳ねたりかめはめ波を打つわけでもなく淡々と暮らす毎日を「眺めている」中で、えもいわれぬ感覚が自分の中にふつふつと湧き上がる。現実と(あたかも現実のように作られた)虚構との境界線があいまいになり、ふと背後が気になったり、する。昨日までは何も感じなかったあれやこれやが、急に語りかけてくるように感じる、ようになる。
プンプンは帯に「累計170万部突破」って書いてある。売れてる。なので、というのも変だけど、読者の中には当然、関東圏以外にお住まいで、作品に登場する舞台をリアルに感じられない、あるいはリアルな描写ではあるけれどもあくまでフィクションであると違和感なく感じる人もたくさんいるはずだ(フィクションなんだけどね、きっと)。そうした読者の方々と、ぼくのような、おそらく比較的少数派の読者の感じ方の差異性あるいは同質性について、時間ができたらいつか話したり考えたりしてみたいな、と心から思う。普遍性と個人性、みたいな難しいことじゃなくて、上っ面でいいので。
芹が谷公園で雪合戦したり、いせやで飲んだくれたりしたいな。散々、嫌っていうほどしたけどさ。