#40 8月て

昔は毎日書いてたのに、もはや年に1回くらいの更新になっている。なんてことだ。書かない限りはその腕力とか能力とかは徐々に死んでいく、とわかっているのに書かないなんて、それはつまり自殺みたいなものですよ、ということを強く認識すべきである。まだ死ぬわけにはいかないので……。

最近いろいろあって、なんだか忙しい。家も仕事も。8月ってなんか夏休みみたいな雰囲気で、結構ゆるゆると過ごすのかな、みたいな幻想は一瞬で消し飛び、これから訪れる怒涛に対する準備と、これまで訪れていた怒涛への対応をしているうちに、なんかもう8月末までぎっしり、みたいな感じになっている。あれ?

こういう文章を息継ぎ(うーんと考えること)なしで書けているときは割とコンディションが良くて、つまり今は割とコンディションがいいのかしら、と思ったりしてみるものの、一方ではこういう意味のない文章をただ綴りたいな、という精神状態にあまり余裕はないので、それなりにがんばらないと。8月だし。

末にほんの少しだけ休みを取ろうと思っていたりするので、そこに向けてがんばろう。大丈夫。大したことじゃない。大丈夫、である。


# 39 2019

主に大学生に向けて書いたnoteに真実は書いてあり、というわけで、

健康になる
勉強をする
習慣化する

の3点を意識してまいりたいと思います。3つめだけ位相違うけどね。で、細かくはいろいろあるのですが、あまり細かくやりすぎてもイレギュラーな出来事があった場合に対応が難しくなる、という理由から2019年はゆるっとしておこうと思っております。ツメツメでやってこぼれてもそこそこ、という狙いでやるのがいいのか、最初からゆるっとしておいてナリで到着するのがいいのか、それを40にもなって検証している場合じゃないだろう、と思いつつも。


#38 2018振り返り

去年の今頃、こんな感じに書いたわけです。

2018年意識すべきこと

あと7か月と4日で40歳になるわけですが、そんなおっさんになって分かることは「人間はたった1年では大したことを成し遂げることはできない」ということと「それでも誠実に物事に取り組むと何らかの進歩は獲得できる」ということです。なので、多くを望まず、誠実に、着実に、やれることをやっていこうと。具体的には、
・家事育児のクオリティを更に上げる(仕組み化)
・健康をマネジメントする習慣の構築(運動と食事)
・仕事は「先行逃げ切り」「後手回避」
・長期的視点に立った家族の計画(特に資金計画)
・文化度の回復(いくらなんでもヤバすぎる)

http://blog.tdfshnd.com/2018/01/04/20172018/

ひとつひとつ見ていきましょうね。

・家事育児のクオリティを更に上げる(仕組み化)
→△
→結果的にはクオリティが上がったものの、仕組み化しきれたかと言うとそこまでは言い切れず。ゴールもなければ正解もないのが難しいところなんだけど、でも、まあ、ちょっと「見えて」きた1年だった。

・健康をマネジメントする習慣の構築(運動と食事)
→×→△
→仕事で関わったみなさまには大変申し訳ない発言なのだけど、総じて体調が良くない1年だった。内科的にも外科的にも。来年はコンディショニングに相当気を使おうと心から思う。健康な自分をベースにあらゆることを見積もるしか無いはずなので、健康でいるしかない、という。「→△」なのは年末にかけて意識と行動を変えつつあること。

・仕事は「先行逃げ切り」「後手回避」
→×
→笑っちゃうくらいの×。いっつもヒーヒー言ってる。このまま40歳を終えるのはいくらなんでもいろいろまずいのでふんばろうと思いました。

・長期的視点に立った家族の計画(特に資金計画)
→△
→計画を立てたことに価値はあったが、それ以上に非常事態的な状況が自分を襲う結果になっており、一方で資金計画はそれなりのペースで来ているのでよいかしら、と。来年は早期に根本的な解決を狙おうと思います。

・文化度の回復(いくらなんでもヤバすぎる)
→×
→残念ながらダメでした。踏ん張ることさえ出来ず。退化したなあ。

まあ、そういうことを踏まえて、2019どうするかを懲りずにこのあと考えて書きたいと思っております。△/△/×/△/×。


#37 きちんと考えること

先週、大きめの仕事が一段落し、あと、週末に来ていた依頼も週明け早々に片付けたことで、久々に「ちょっと落ち着いたな」と思えている昨日、そして今。日頃いかにきちんと考えられていないか、ということを痛感してしまうほど、いろんなことを、締切もなく、きちんと考えている。日常に忙殺されていると、そこに進化は生まれづらく、いや、できないことが少しずつできるようになっているはずだけど、果たして、それをできるようになることにどれほどの意味があるのかしら? とか、思っちゃう。

木こりは木を切り続けているといつか刃物が切れ味を失って効率が猛烈に下がるけど、考える仕事にも同じことが言えるので、このタイミングで落ち着いて、本業とあまり関係のないインプットを楽しくしよう、そして、きちんと考えよう、と思っております。


#36 普通の人 普通じゃない思い

https://twitter.com/TDFSHND/status/1061347055325433856

今の会社に来て、曲がりなりにもたくさんのひとが見る広告、つまり「マス広告」を平気な顔をしてちょこちょこと作るようになった。課題はさまざまで、それ故解決策もさまざまなのだけど、ついつい「著名人(実在でも非実在でも)」に頼ることが多いな、と振り返ってみて思って、ちょっと落ち込んだりしてみる。

著名人に頼るのはいろんな意味で下策で、いや、著名人を使った上で素晴らしいものを作り上げる人も中にはいるのだけど、その人が著名人であることはこの国でしかわからず、著名人が著名人たることにポイントが置かれた企画はグローバルで考えるとほぼ無価値、というのが最大のネガティブポイント。著名人は悪くないですよ。むしろ素晴らしい。

で、普通の広告を平気な顔をして作ることができるようになった(いや、まだまだだけども)ので、今度は著名人じゃなく「普通の人の 普通じゃない思い」を重視して作ろうと思う。ということでようやく表題の件に移ります。

今の会社の今の部署に来てよかったな、と思うことのひとつに、正親さんの存在がある。2度くらいご一緒したことがあるが、とんでもない人である。キリンののどごし夢のドリームとか、今もやってるポカリのとか、そういうやつの人。あと、九州新幹線も。で、どの企画もそうなんだけど、場合によっては著名人が絡むことがあったとしても、それらのほとんどが普通の人にスポットがあたっている。当て方は、「みんなで」だったり「ある個人」だったりいろいろだけど、その共通点がほぼぶれてなくて、ほんとうに素晴らしいと思う。と同時に「こういうことがしたいんだな」と改めて思ったりする。

自分自身が何の変哲もない普通の人間だ、と思っていることも影響しているんだろうけど、自分自身のような(というと失礼かもしれないけど)何の取り柄もない、フツーに見える人の、パッと見るだけでは見過ごしてしまいそうなストーリーを紡いで、フツーに見えるからこそたくさんの人に共感してもらえる、そんな考えかたでこれからの仕事人生を過ごしてまいりたいと思います。まあ、「いわゆるクリエーティブ」をいつまでやるかわからないけども。

というわけで、とにもかくにも「ノンタレ縛り」から。