親と子の関係、次のフェーズへ

土曜日の朝からHannahが高熱を出しており、土曜の午前は看病、午後は教員の仕事をしたあとRayと過ごす。日曜日は1日Rayと過ごし、月曜はRayだけわたしと通常運転で、今火曜日の朝です。ちなみに、Hannahは昨日月曜になってスッと落ち着いてきていて「バレーボールしようよ」と3回くらい誘われました。ダメです。

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ところで、自分の子どものころを思い出そうとするとき、どれくらいから割と鮮明に思い出せますか? わたしは小4か5くらいで、それより前は記憶がとても断片的だったり、ビジュアルだけとかフィーリングだけとか、そういう不完全な状態だったりするものが、ちょうど小5くらいからは統合的な記憶として保持されている感覚があります。そこにある程度意味のある感情とかストーリーが付与されていることも多く、つまりは、大人になって以降「思い出」としてきたものとほぼ同じものがそこにある感じがあります。

そうなると何が起こるかというと、Hannahが直面しているあれこれがよりよく「わかる」ようになるというか、起きている事象や状況に対してどう感じている(可能性がある)かとか、それをもとに良い気分になったり悪い気分になったりする(可能性がある)かとか、そういうのに対して共感性が高くなります。

Hannahは「できなくないけど運動は好きじゃない」「特に運動で誰かと競うのが好きじゃない」人で、故に先日あったSports Dayが心底嫌で、1週間前から「嫌だなあ」と言っていて、昔であれば一般論とかそれっぽい理屈を、あたかも親であるわたしが信じ込んでいるかのように話していたんですが、今年は、自分が小5のときにいかにプールが嫌だったかを鮮明に思い出して、それに基づいて「嫌だよな〜、別に死ぬわけじゃないし、休んでもいいよ」と、心底思いながらHannahと対話していました(なお、Hannahは元気にSports Dayに出かけ、そしてさっそうと活躍して帰ってきました)。

HannahとRayが生まれたときに決めたことで、未だにそういう意識でいるのですが、対子どもじゃなくて対人間として接しようと思って日々過ごしています。今まで「多分こう思ってるんだろうなあ」がベースだったのが「おれこう思ってたよ」がベースになっていくことで、きっとふたりとの関係性も徐々に変化してくるんだろうな〜、次のフェーズに行くのかな〜、なんて思った週末でした。あ、覚えていないからこそ丁寧にやっていたものが「おれのときはこうだったよ」がキモい押し付けにならないように細心の注意を払っていきたいと思います。

ただ、わたし、「元気に生きてるだけで十分」って心から思ってるから、別にそれ以外何も望んでいないんですが!