RHYTHM*
Social Gamingの本来的な意味、というかそうあってほしいという個人的な願望
この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2010/10/04/social-gamingの本来的な意味、というかそうあってほしい/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。
少し前につぶやいた表題の件を書いてみようと思う。いろいろ考えすぎてまとまりないけど、自分の中で結論は出てる。
Social Gamingの本来的な意味、というかそうあってほしいという個人的な願望についてあとで書く。
ソーシャルゲームというのは、今現在日本において使われている用法に則れば、「ソーシャルネットワーキングサービスなどのプラットフォーム上に存在するアプリケーションの一種で、プラットフォームが保有するソーシャルグラフ、例えば友人同士などのつながりを活用することがゲームに何らかの影響を与える種類のゲーム」であると理解している。もちろんシングルプレイもできるが、例えばマイミクを招待したり、マイミクと一緒に参加したりすると有利にゲームが進んだりするし、時に進行を邪魔されたりする。こんな感じに捉えられているはず。
何年後かに振り返ってみた場合、「2010年はソーシャルゲーム元年だったね」と認識される事は今のところ間違いないと思う。各プラットフォームが雪だるま式にオープン化にしたことにともない、その行方を誰も予測できない市場が急激に立ち上がる。パッケージゲームが苦戦する中易々と(現場の方々の苦労は知っているけど、あくまで相対的に)100万人以上のユーザーを抱え、原価のそれほどかからない課金アイテムを量産し、結果として月間で億単位の売上をつくるゲームも珍しくない。WEBに突如現れた久々の「金脈」である。ちなみに、フラッシュマーケティングやペニーオークションも2010年っぽいんだけど、どうにもこうにも継続性に対する障害が多すぎる。
で、結論から言うと、今日本において使われている「ソーシャルゲーム」はぼくが思い描いていたそれとはだいぶ違う。何よりも違うのは、活用する「グラフ」が基本的にWEBに限られてしまっているという点。なぜWEBだけに「引きこもり」、外部拡張しないのか、と良く思う。まあ、そんなことしても儲からないからなんだけど。今のところ。
初めて"Social Gaming"という言葉を耳にしたとき、ワクワクした。WEB上に形成されつつあるバーチャルなソーシャルグラフと、そして既に成立している現実世界でのソーシャルグラフを有機的に組み立てながら、両者を行き来しながら、全く新しい概念のゲームが次々と出現する、そう思っていた。そう思わせる根拠は少なからずあって、既に萌芽していた「ARG」の存在が大きかったように思う。このブログを読んでいるような人には説明は必要ないかもしれないけど、ARGって言うのは、
An alternate reality game (ARG) is an interactive narrative that uses the real world as a platform, often involving multiple media and game elements, to tell a story that may be affected by participants' ideas or actions.Alternate reality game - Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Alternate_reality_game
こういうこと。「現実世界をプラットフォームにし、複数のメディアとゲームのエレメントを用いながらインタラクティブに進行するゲームで、ストーリーは参加者のアイデアや行動によって影響を受ける」。複雑に仕組まれたアルゴリズムとロジックをサーバからリアルに持ち出し、偶発性を設計しながら時にゲームを楽しみ、また時には存在する課題を解決したりするその手法は、その不完全性も相まって、とても魅力的に映った。Dark Knightのプロモーションを見た時、「これからはこういうことなんだろうなあ」と強く認識した。
しかし、42entertainmentがカンヌを連覇した後、皮肉にもそれを頂点に、少なくともぼくの周囲ではARGはその勢いを失う。トレンドは消え行く必然にあるけれど、ある手法に名前をつけてラベリングすることそのスピードは加速する。ただ、FacebookをはじめとしたメガSNSが既にクリティカルマスを越えている現在、それをARGと呼ぶかどうかはともかくとして、「こういうこと」は形を変えていろいろなところで再び起きるのだと思う。
上のような複合的なものではなくても、WEBとリアルをつなぎこむもの。たとえば、foursquare。
foursquare
http://foursquare.com/
WEBのサービスでありながら、明らかに、現実世界にもう1枚レイヤーを作り出し、日常生活に変化を与える。ゲームのルールが存在せず、どのように遊んだら良いのか分からないためか今ひとつブレイクするに至っていないが(しかもFacebookのCheckinサービスにやられちゃうかもしれないけど)、それこそ上述のARGでゲームマスターをつとめるようなストーリーテラーが入れば大きく化ける可能性が大きくあると思っている。
あとBlippy。
Blippy / Review & discuss the things you buy
http://blippy.com/
これも同じ。foursquareが位置情報のレイヤーなのに対して、Blippyはクレジットカードでの購買情報というレイヤーに変わっただけで、どちらも普段の生活にプラグインすることよって体験が豊かになる好例。日本じゃなかなか受け入れられなそうだけど。こういうエッセンスが取り入れられないものかな、と。こういうのがたくさんある。
こういう例と比較するに、いわゆる「ソーシャルゲームは」ヴァーチャルに、WEBに閉じこもりすぎだと思うのだ。WEB引きこもりである。もっと外に出たらいいし、出ないといけないと思う。
とにもかくにも、メディアとしてのWEBがその勢いを増したことによって、とくにその業界の中にいる人はついつい「人はWEBの中で生きている」と勘違いしがちだと思う。リーチだって、体験だって、まだまだWEBは「極めて限定的」であることをしっかり認識しなければいけないし、「ソーシャルグラフ」だって現実世界を代替し切っているわけではないのだ。そもそも"Social"という単語はWEBなんかより遥かに昔から存在するし、Facebookが誕生する前からソーシャルグラフなんてそこらじゅうにあるのだ。構造化、可視化が行われていなかっただけの話で。
ゲームはエンターテインメントであり、エンターテインメントは現代社会に必要不可欠なものであろうと思う。ただ、わざわざエンターテインされに行く、のではなく日常を、特に決して楽しくない日常をエンターテインするようなアプローチがもっと増えたらな、と切に願う。そのために、本当の意味での(ぼくが考える)Social Gamingがもっともっと登場すればいいな。もちろん、自分でもがんばる。
