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RHYTHM*

やがて、いのちに変わるもの。

この記事は、tadafusahonda.com/blog で2009年4月から2013年3月まで公開していたブログ「RHYTHM*」から移したものです。元の URL は www.tadafusahonda.com/blog/2011/08/17/やがて、いのちに変わるもの。/ でした。リンクの先や埋め込み、当時の画像は、いまは表示されないことがあります。

というのはミツカンの奇跡的に素敵なコピーだけれど、ある程度歳食ったせいか、いや、たぶんそんなことに因果関係はないんだけど、自分自身を構成しているものについて想いを馳せることが多くなった。そんなお話。すごく大雑把に言ってしまえば、ぼくという人間は2冊の雑誌、それももはや書店に並ぶことはなくなってしまった2冊の雑誌によって構成されています。

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昨日、来るべき深夜の戦いに備えて小菅でそばをしばいた後に、権之助坂の中ほどにある古本屋さん、それもいわゆる「店主の趣味系(なんでやっていけてるの系)」の店頭にSTUDIO VOICEがいくつか並んでいるのを発見し、まんまと買ってしまった。

すべてのページをコメントつけて紹介したいくらいなんだけど著作権的に云々とかいやお前仕事しろよとかいろいろあると思うので、ご興味ある方は目黒までお越しいただければと思うわけですが、それはもう素晴らしくて。懐かしさが後押ししていることを差っ引いても(差っ引けないけどさ)、自分の人生を振り返るとした場合、この雑誌が与えている影響の大きさというのは計り知れないものがあるわけです。

HIROMIXもレオス・カラックスもアントワープも電気グルーヴも、"STUDIO VOICE"というメタ概念が一気に囲ってくれていて、それはもちろんそれぞれを熱狂的に愛している人からすれば物足りないコミュニケーションだったのかもしれないけれど、自分自身としてはそういう軽やかさあるいは軽薄さも好きで、つまり、それが「編集」というものなんだろうな、と勝手に解釈していた。

ちなみに、自分自身を構成しているもうひとつの大きな雑誌は「広告批評」。

表紙見るだけで涙が滲むわ。あー、復刊しねーかなー。

STUDIO VOICEは1977年、広告批評は1979年創刊。そしてぼくは1978年生まれ。およそ30年の歴史を共に歩み、鮮やかに幕を下ろした2つの雑誌と、下手な芝居を打ち続けているぼくと。「高価な墓石を立てるより安くても生きてるほうが素晴らしい」と歌ったグループがかつてあったけれど、そうなのかな。どうなんだろうな。

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余談。少し前の話だけど、本を買いすぎて自宅に入らなくなったことがあり、DORAMAに出張買取を頼んだ時のこと。来てくれたのは「その道ウン十年」であることは間違いない、DORAMAのユニフォームがまったくもって似合わない白髪混じりのおじさんだった。手際よく、いわゆる「目玉商品」の値付けを済ませた後、おじさんは、うず高く積まれたこれらの雑誌をうつむいたたまま愛おしく撫でながら、「サブカルは終わったんだよ」とつぶやいた。そうなのかな。どうなんだろうな。あと、おじさん元気かな。

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